フリー素材のサイトに時代を思う

久しぶりに自分のHPのリンク集をチェックしてみたら、いくつかのサイトが消えていました。一方で大きく発展したサイトもあります。"Music Palette"もそのひとつ。音楽のフリー素材を提供してくださっているサイトです。1997年に開設されて今年でなんと12年だそうです。

「時代」を感じたのは、ひとつにはファイルタイプがMIDIでなくMP3になってきていることと、ファイルサイズも大きくなったこと。今やファイルサイズを気にしなくてもよくなったし、制作環境も進歩したのでしょう。また、用途がホームページのBGMよりもゲームなどのそれへと移り変わったということもあるのでしょう。

もうひとつは「着うた」として、収入を得られる道ができたことです。以前からCDなどで販売しているのを見たことはありましたが、着うたの方がずっと手軽ですよね。自分の作品で収入を得て創作活動を続けられることは素晴らしいと思います。
今更ながらに時代の変化を実感した出来事でした。

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久しぶりにHPを更新しました

水仙と、雪の志賀高原の写真を掲載しました。よろしかったらご覧ください。

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お葬式で、カメラ付き携帯で最期の顔を撮るということ

「お葬式の際、亡くなった人の顔をカメラ付き携帯電話などで撮影する人が増えている。」(毎日新聞2/16)のだそうです。記事には「時代の流れ」と肯定する意見、「人(の死)を悼む気持ちが荒廃しているのでは、と気になる」と否定的な意見それぞれが紹介されています。

私は死に顔など撮られたくはありませんが・・・。皆さんはいかがでしょう?人の死に顔を撮りますか?自分の死に顔を撮られたいですか?

さて、ここで一点絵を紹介します。クロード・モネの「死の床のカミーユ・モネ」です。
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1879年9月5日、クロード・モネの妻カミーユは32歳の若さでこの世を去りました。画家が駆け出しの頃から苦楽を共にした妻の死を前にして、画家は絵筆を握ります。現代のように手軽に写真も撮れませんし、死に顔は刻々と様子を変えていったことでしょう。深い悲しみと、失われ行くものを何らか形にとどめておきたいという気持ちがあったことは想像に難くありません。

一方で、現代人がカメラ付き携帯で撮影する姿は殺伐としたものに見えます。テレビで有名人などにカメラ付き携帯を向ける姿はずいぶんぶしつけだなと感じます。

しかし・・・。心から大切に思う者と二度と会えないとしたら。なんでもいい、記録に残したいと思うかもしれません。
そしてそんな気持ちでカメラを向けてくれるとしたら、自分の死に顔を撮られてもかまわないかもしれません。

そんな場面に遭遇しないことを願いつつ。

(クロード・モネ「死の床のカミーユ・モネ」1879年、オルセー美術館蔵)

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